リンゴが落ちる瞬間

その彼女は言った
リンゴがテーブルから落ちる瞬間を見つめているのがとても面白いという
どうしてそれが面白いのかは聞きそびれたけれど
友人が、結婚相手の彼女がそう言っていたと言って話してくれた


それを聞いて、以前読んだ本を思い出した


人がスプーンなり、箸なりで、食べ物を口に入れる瞬間
そして人が椅子に座る瞬間


これらの行為をするときに、人は一番無防備になるという
そのとき神経は、箸でもなく口でもなく食べ物でもなく、また、そこに椅子があることを確かめる行為もなく、無の瞬間になるという
確か、そんな内容だった


リンゴが落ちる瞬間
そのときリンゴの荷重は、テーブルでもなく、地球へ向けてでもなく、丁度バランスのとれた状態
コンマ何秒後には、そのリンゴは地球に向かって落ちていく
リンゴはテーブルの角の一点のみに荷重がかかっている
どんな大きさのリンゴでも、そのときの荷重は点になる
点でささえるリンゴ
わずか一瞬のできごと
そのときリンゴは無の瞬間になる


リンゴが置かれているときは、静止している中で時間が流れる
落ちているときは落ちながら時間が流れる
落ち切ってしまえば、また静止しているなかで時間は流れる


点で支えられるリンゴ
そのとき時間は一瞬だけ止まるかのように感じてしまう
そのときだけリンゴはリンゴであることから自由になる


リンゴが落ちる瞬間が面白いといったあの彼女
めずらしく、おっ、もしかしたら感性が似ているかもって思った
あれから10数年が経つけれど、今も同じ感性でいるのかなぁ


リンゴを見て、ふとあの頃の思いが、ちょっとだけ時間の旅をした



とげもまたよし度        ☆☆☆
ロン毛のバラードはかっこいい度 ☆☆☆
でもなぜロン毛なのだ度     ☆☆☆☆