写真①
中学の頃に、多摩川の上流と下流の写真を撮って回ったことがある
その頃から写真は好きだった
でも現像料でびっくりして、それ以来写真は撮らなくなった
中学や、高校の遠足などの写真も、全く興味がなかった
特に自分が映っているものなど、見る気もしなかった
いつしか写真はデジカメが普及した
それでもなんとなく興味がわかなかった
今だに人が映っているものに関心は薄い
情報伝達手段としての使い方は別として
わざわざ写真を記念にとっておこうとは思わない
でもうまい人の写した風景の写真を観るのは結構好きだ
写真はボタンを押せば写るもの
見たままそれが画像となる
夕焼けに感動し、思わずシャッターを押してみても
小さな画面では、その感動が伝わらず、つまらないものが多い
ファインダーをのぞいても、見ている感動までは写らない
同じ構図なのに
しょせん目で見て脳裏に焼きつく映像とレンズを通して焼きつかせる画像とは違う物
限界はあるので仕方がない
でもなぜ、うまい人の写真だと楽しいのだろう
目で見たときと、レンズを通して写し出された違いは、まず焦点にあると思う
ピントをどこに合わせるかで、写真は異なってくる
自動であってもだ
小さな写真に、目で見た程の感動が伝わらないのは、この小ささだけでなく、焦点が自分の目と合っていないからじゃないか
わざと焦点をずらして、周囲をピンボケ風にすることで、写したいもの強調した写真などは自分は好みだ
写し手が、見てほしいと感じたことと、自分が見るものが、一致しやすいのかな
ここがポイントですという箇所で迷わなくてすむというか
見る点が集中するというか
とにかく安心するんだな
その安心感に惹かれるのかもしれない
はよ歌えっ!度 ☆☆☆
モノクロが似合う度 ☆☆☆☆
Jim Morrisonとは違うアンニュイ度 ☆☆☆