言葉

考えるときは、頭の中で言葉を使っている

本を読むときはどうだろう

音読するより、黙読の方が速い

いくら早口でしゃべっても、黙読の速さにはかなわない

速読をマスターしている人は、文庫本程度なら、1ページまるまる一瞬で理解しているそうな

文字より単語、単語より一文、一文より段落、段落よりページと、だんだん視界が広まるとか

読んでいたら、そんなスピードは出ない

まして音読では不可能


こういうとき、言葉は頭の中でどのように使われているのだろう

普通の人が黙読するだけなら、まだ頭の中で言葉を使って考えているというのはわかる
けれども速読をできる人たちは言葉を使っているかというと、言葉は使っていない気がするんだけれどなぁ

そうであるとすれば、言葉を使わなくても、考えることはできるのか
もしくは考えることはやはり無理で、感じることによって理解しているのか

理解というのは、文字通りとらえれば、理を解るということ
そうであるとすれば、「理解する」ということは感じることだけではなく、何かしら考えている思考過程が有ると思うのだけれど


思考過程抜きでしゃべるのが感情論なのだろうか

もし、言葉がなかったら、「考える」という思考過程は、ぐっと減ってくるのかな
他者に伝えるという伝達手段のみならず、自己の頭の中に向けられた「言葉」
そんなものもある気がする


デカダンス度                    ☆☆☆☆
ひげ度                        ☆
これを聞いて、実際に行ったことがいる人度  ☆☆☆